2020年07月04日

沖縄でセミの鳴き始め

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7月に入りセミの大合唱が早朝から本格的に聞こえ始めた。今年も折り返し地点を過ぎ、季節が移り変わっていることを感じる。だが、今年は季節感というか時間の感覚が例年と違う。時間の経過がつるりと、のっぺりとして変化がなく、いつの間にか過ぎている。コロナ感染拡大が影を落としているのは明らかだ。

 沖縄のお墓参りにあたる4月(清明祭)には、スーパーにもお供え物や祭具など関連用品が並び、5月から6月にかけてはハーリーと呼ばれる爬龍船競争が各地で開かれるが、規模縮小や中止のニュースばかりが聞こえ、街中には年中行事にまつわる動きも見えない。7月からはエイサーの季節のはずだが、中止の流れはしばらく続くのだろう。街の静けさとは対照的に、今年は北朝鮮や中国との緊張関係が高まっているせいだろうか、米軍機の金属的なエンジン音が上空に響き渡ることが例年に比べ多いような気がしてならない。
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2020年06月27日

沖縄戦と首里城

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 首里城の観光ガイドを時々しているが、その時は、沖縄戦における守備軍司令部が首里城の地下にあり、そのおかげで首里城が米軍の標的になったことに必ず触れている。大半の観光客は「ふ〜ん」というくらいの反応であり、それ以上質問する人はいない。戦跡めぐりではなく一般的な観光として首里城を訪れているから、当然かもしれない。

 守備軍にあたる第32軍の司令部壕の入り口は、首里城への入り口から数十メートルも歩けばたどり着く。近くには説明版も設けられているが、観光客であふれる首里城内とは違って、ここに足を運ぶ人はほとんどいない。首里城の真下という位置につられたことも重要だが、日本軍の敗色が濃厚だったにもかかわらず、少しでも長く米軍を沖縄に引き留め本土決戦の時間をつくるため、この地で本島南端の摩文仁への撤退が決定されたことも沖縄戦全体に大きな影響を与えた。沖縄住民も南部へ避難し被害がより一層大きくなり、沖縄が本土の「捨て石」になったと言われることも多い。

 6月27日の地元紙によれば、第32軍司令部壕の保存・公開について県が検討委員会を設置する方針を示したという。近くの首里城が多くの観光客を呼んできたのに比べれば、壕の存在はほとんど知られていないのに等しい。保存・公開されれば関心を高めやすいが、まずは壕の存在を広く知らせる工夫は欲しいところである。
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2020年06月20日

聞こえてこないコロナ対策の検証

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 コロナ感染予防のため県をまたぐ移動の自粛要請が6月19日に解除され、県外からの観光客の受け入れが本格化。東京から沖縄に向かう航空便が満席に近いというニュースも流れた。19日午後に、沖縄を代表する観光名所・首里城を歩いたが、ぽつりぽつりと人影を目にするくらい。城近くの土産物屋も半分ほどがシャッターを閉めていた。日常生活で利用する通りは、コロナ感染拡大以前と変わらぬほど、人や車の行き交いがあるが、観光客が戻ってくるにはまだしばらく時間がかかるだろう。

 国会が閉幕となり、都知事選が始まったせいか、コロナ感染をめぐる政策がメディアから聞こえてこなくなった。コロナ対策として様々な施策が打ち出されたが、どの程度意味があったのか分からないものも多い。わが国の政治の悪しき伝統ともいってよいだろう、政策の結果や効果を第三者の立場で評価することがほとんどない。以前、大阪府の専門家会議で、緊急事態宣言は効果がなかったという発言が出ていたが、ニュースで一回取り上げたきりで、本格的に検証する動きは見られない。
posted by テツロー at 15:10| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする