2017年02月25日

むなしく響く「プレ金」

旧正月と牧志市場周辺の立ち飲み屋 004.jpg

2月24日は初めてのプレミアム・フライデー、「プレ金」だったそうだ。メディアでは、会社を早くひけレジャーや酒場に繰り出そうと呼びかけていた。わくわく感の演出である。確かに、この世は一時のまぼろし。騙されてほろ酔い気分の幸福感を味わうのも悪くないかもしれない。

しかし、今回の「プレ金」にしろ、これまでの「1億総活躍社会」や「美しい日本」「日本を取り戻す」にしろ、政府の掛け声ばかりがむなしく響きわたり、何を変えようとするのか、何が変わるのか、漠然として気分は冷めていくばかりである。すべてがバラ色になるようであるが、今どきの子供でも、短期間のうちに世の中がガラッと変わるとは信じまい。そんな簡単に変わるのだったら、これまでの政治家は何もしていなかったことになる。

ただ、「1億総活躍社会」に比べれば、「プレ金」は現実的かもしれない。月に1度、3時間ほど終業時間を繰り上げればいいのだから。それでも、今の日本の働き方の構造を根本から変えない限り、3時間のしわ寄せはほかの日に乗せるだけである。政府が大企業に賃上げを要請して「給料アップ」を演出しているのと同じ構図である。下請け企業へのしわ寄せはないのか。表向き聞こえのよい話には、どこかに無理があり被害者がいないか注意すべきだろう。
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2017年02月20日

変わりゆく那覇のスピード

農連市場と開南地区 011.jpg

那覇市の牧志市場界隈は1カ月、2カ月ぶりに歩くと、だいぶ店が入れ替わっていることに気づく。「儲かる」「儲からない」を基準にして迅速に店の開け閉めに踏み切っているからだろう。これは牧志界隈に限らず、沖縄県は人口が増え続ける上、観光客数も伸び、官民問わず大量の資金が流れ込んでいる。ビジネスチャンスを当て込んで投資しようとする人々が後を絶たない。再開発の名のもとに、わずかの間のうちに風景が変わっていく。

市場界隈で今、劇的に変身を遂げているのが農連市場とその周辺区域だろう。先日、市場内の太平通りを抜けて訪れてみると、北半分の区域はいったん更地になり、真新しい学校の建物と高層住宅がそびえていた。フェンスに描かれた予想図によれば、隣には今風のショッピングセンターのような建物が出現するらしい。南の端の方に農連市場の一部が今でも店を開いているが、人通りも少なくどこか取り残されたような雰囲気が漂う。洋服を売る女性は「最近は人が来なくなってね」と淋しげだった。
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2017年02月12日

玉陵で感じる死者との距離

玉陵とネコ 007.jpg

首里城から百数十メートルほど那覇市中心方面(西)へ下ったところにある玉陵は、琉球王国時代の王家の墓である。両側にガジュマルやフクギが植えられた参道を進んで二つの石門をくぐると、目の前に広がる。

全体的に三角屋根の家型をしていて、屋根の中央には、石獅子が雄叫びをあげ、左右の両端近くに乗る石獅子は、毬紐をくわえたり、子獅子と戯れたりしている。いずれにせよ、悟りの世界とはほど遠い煩悩たっぷりの表情を浮かべる。壁には、麒麟、龍、獅子、コウモリや牡丹を掘り込んだ石の欄干がめぐらせてある。死者を葬るところというよりは、ややコンパクトな石の王宮という印象だ。

実際、玉陵が造られた1501年ごろの首里城正殿を真似ているといわれる。当時の正殿は、赤瓦の現在とは異なり板葺の屋根だった。あの世でも、現世と同じ暮らしを送れるようにという思いが込められていたのかもしれない。

沖縄では本土とは異なる死者の弔い方が長年続いた。洗骨葬であり、玉陵でもこの方式で王族たちは葬られてきた。いったん、遺体を墓室に納めて白骨化させた後、泡盛や水で骨を洗って容器に入れて再び墓の中に葬る。死者はそのままでは穢れがあるが、骨を洗うことによって子孫に幸福や豊穣をもたらす祖霊になるという思想があるという。死者は遠くに去る存在でもなければ、忌み嫌うべき穢れでもなく、身近なところに存在し現世の私たちを守ってくれる神のようらしい。
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