2018年05月05日

過去と向き合わない日本政府

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遠く離れた世界各地に住む日本人を有名人・芸能人が訪ねるという番組を見るうちに、もしや自分が取材で行ったことのある場所ではないかと思った。アルゼンチン、アンデス山脈のふもとにある日本人移住地はいくつもあるはずがない。アンデス山脈がくっきりと浮かびあがる、澄んだ青い空が印象的だった。スクラップブックで古い記事を探し読んでみると、20年以上前に話をおうかがいした方と名前が一致した(写真は、当時移住地内で撮ったもの)。

 番組は、お子さん家族が集まった食事会の模様が映し出され、「苦労はあったけれど幸せな人生」というまとめ方だった。不自由なことだらけの異国の地で長年、自然と格闘してきた人生は心打つものがあり、確かに一面の真実かもしれないが、釈然としない気持ちも残る。

この方のように、1950年代から1960年代にかけての農業移住は政府系機関が深くかかわっているからだ。南米に移住すればバラ色の未来が開けるなどと、さんざん煽っていた。もちろん、海外に移り住むにはリスクが伴い、1から10まで完璧に整っている場所はない。しかし、南米各地の日本人移住地を回って話を聞くと、「なぜ、わざわざこんな土地?」と思うようなところが少なくなかった。生活の根幹となる土地が農業に適していないのである。テレビ番組で取り上げていた移住地も、雹による被害や塩害に悩まされていた。

今回に限らず、大切な自国民を送り出すのに、事前に調べなかったのか。問題のある農地と知っていて自国民を送り出したのか。疑問はいつもつきまとう。太平洋戦争にはじまって、戦後の移住政策、そして最近の公文書改ざんまで、過去と向き合わず自らの過ちを認めようとしない日本政府の姿勢が貫かれている気がしてならない。
posted by テツロー at 13:33| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする