2018年10月07日

なぜ今、戦時の性暴力か

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 前週の台風24号に続いて、今週も台風25号の強烈な風雨に襲われ、10月4日は、部屋に一日じゅう缶詰の日となった。何で凄まじい自然の脅威がこうも続くのかと思った。だが、2日後の6日は、晴れあがり爽やかな微風が心地よい。9月までのうだるような暑さは跡形もない。新都心公園付近を歩くと、台風が巻き上げた海水を浴びたせいだろう、街路樹の多くが葉を落とし、草原が黄色く染まり秋の訪れを告げているようだ。

 ノーベル平和賞は5日、日本のメディアが予想していた韓国の文大統領や米国のトランプ大統領でなく、戦時の性暴力問題を訴えてきた医師と女性活動家に授与されることが発表された。今年は、派手なパフォーマンスを繰り広げる政治家よりも、地道に現場で活動を続ける在野の人々に焦点を当てたのだろう。しかも、戦時の性暴力という難しいテーマを取り上げたことは興味深い。

 今回の受賞者が活動する地域はアフリカと中東であり、日本から遠い地域だが、日本とは無関係とは言えない。戦時の性暴力は、「慰安婦」問題として近隣諸国との間で現在に至るまで摩擦を生み、特に韓国とは友好関係を築く上で大きな障害になっている。米国サンフランシスコ市が市民団体から慰安婦像と碑文の寄贈を受けたことをめぐっては、10月2日に大阪市が同市との姉妹都市解消を発表し、同市長側はこれを非難する声明を出すなど、他の国々にも波及している。

 また、沖縄では、戦時に準じるような性暴力を受けてきた重い歴史がある。その具体的な内容は弊社発刊の『沖縄の基地と性暴力』で記している。性はもともと表だって口にしにくいテーマであるせいもあり、個人の嗜好や人格の問題に押し込めがちだった。しかし、戦争や軍隊という文脈で読み直すと、強烈な憎しみや差別意識が背景に浮かび上ってくる。憎しみや差別意識は、軍隊が戦い、占領する上で推進力になると同時に、戦いや占領が生む産物にもなる。性暴力と真正面から向き合うことを避け続けた現代の日本において、憎しみや差別意識が姿を現わしつつあることは偶然ではないだろう。
posted by テツロー at 09:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする