2019年01月12日

単純化される沖縄ニュース

海兵隊の撤退.jpg

 米軍新基地建設に伴う辺野古沖の埋め立て工事が本格化し、全国ニュースでも時折、取り上げられているが、米軍基地という「迷惑施設」に反対する地元沖縄と、「普天間基地の撤去」や「安全保障」を理由に工事を進めたい政府の対立構図に単純化されている気がしてならない。

 確かに、メディアという仕組みを考えればやむを得ない面もある。限られた時間やスペースの中で、次々と新たに起こる事件や事故を取り上げ、世の中の動きをまとめなければならない。しかも、読者や視聴者は「より分かりやすく」「よりコンパクト」「より目新しい」を求めている。活字離れが進む一方、インターネットをはじめ新しいメディアが登場し、情報の流通速度が上がる中、一つの話題に長く付き合う忍耐力を持つ読者や視聴者は減っていく。ニュースの制作側は、話題の枝葉や根を切り落としコンパクトに単純化する方向へ流れる。

 しかし、30秒ニュースでまとめられる話題ばかりではない。例えば、辺野古の新基地建設問題は、沖縄が反発する根をたどっていけば、74年前の沖縄戦や47年前まで続いた米軍統治までさかのぼる。詳しくは、弊社発行の『いかに「基地の島」はつくられたか』や『沖縄の基地と性暴力』で説明しているが、沖縄の基地問題は本土がまいた種から芽生えた。

 沖縄に米軍基地を置く理由を、政府は「安全保障上の理由」と説明するものの、現在、沖縄駐留米軍の中心部隊である海兵隊はもともと本土に駐留していて、1950年代、本土各地で米軍基地反対運動が高まるのを受けて沖縄に移ってきたのである。当時、沖縄は米軍の直接統治下にあり住民に「ノー」の選択肢はなく、軍司令部の判断次第で受け入れが可能。海兵隊を「移しやすいところに移した」と言える。
(写真は、本土に駐留する米海兵隊が沖縄へ移転することを伝える毎日新聞夕刊1957年8月9日付)

posted by テツロー at 21:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする