2019年06月29日

首里への坂を上るチンチン電車

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 2本のレールが伸びる光景はもう、それだけでときめきだ。しかも、頻繁に車が行き交う街中にあれば、さらにときめきは増す。だから、路面電車が走る街は、自分にとって格別魅力的である。街中の道路に2本のレールが埋め込まれている風景は何か無性にうれしくなり、自動車の間をゆったり路面電車が走る雰囲気も好きだ。

 こうした路面電車の風景も、かつては沖縄・那覇でもみられた。那覇の港を出発して、首里の丘をのぼる6.9キロを結んだ。「沖縄電気軌道」と呼ばれ、1両編成のチンチン電車が走っていた(写真は、那覇市歴史博物館のジオラマ)。1914年に開通したが、1933年には廃線となった。30年足らずで姿を消した。平行してバスなどが走りはじめると、そちらに乗客を奪われてしまったらしい。

 以後、那覇市内の公共交通としてライトレールを建設する案もあったが、結局、モノレールが選ばれ、市内で路面電が復活することはなかった。廃線から80年以上が経ち、戦前の路面電車をしのばせる跡はほとんど残っていない。わずかに、首里への旧道沿いにある茶湯崎橋跡の説明板に、路面電車の記述や路線図があるばかりだ。
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2019年06月22日

トランプ時代の慰霊の日

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 明日6月23日は、沖縄戦で組織的戦闘が終結した日とされる「慰霊の日」である。今日の地元紙によれば、ひめゆり平和祈念資料館は13年連続で入館者数が減少し、県平和祈念資料館も入館者数がピーク時の4分の3程度になっているという。また、ひめゆり資料館入館者の感想文の中に、悲惨な戦争体験について「あまりぴんとこない」など否定的な反応が目立つようになったと昨日、地元テレビが報じていた。

 終結から74年が経過して戦争に対する関心が薄れているのかもしれないが、それだけが原因だろうか。今、世界を席巻しているトランプ現象もかかわっている気がしてならない。見かけだけの勇ましさをふりかざして、安っぽいナショナリズムを煽り、現実生活の不満から目をそらさせる。都合の悪いニュースや気に食わない歴史的事実には偽物(フェイク)のレッテルを張る。

 トランプ現象は日本でも広がりつつある。典型的な例は、北方領土について戦争で取り戻すしかないと発言した国会議員だろう。もちろん、極端な例だが、こうした発言が表に出てくるには、それなりに根の広がりがあると考えるべきだろう。20年、30年前ならば、とても考えられない内容である。「戦争で取り戻す」とまでいかなくても、「もっと強気に出ろ」とか「軍備を強化して相手に圧力をかけろ」とか声を張り上げる人は少なくないだろう。そうした声が、敗戦の記憶はもうたくさんというムードにつながっても不思議はない。
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2019年06月16日

沖縄・軽便鉄道の残像1

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 鉄道は乗って楽しむ人もいれば、列車のデザインに関心を持つ人もいるが、私は2本のレールに心ひかれる。実際に運行されている路線のレールよりも、使われなくなり錆びたレールを好む。重厚で非日常的な存在感を放つレールが風雨や時間の流れにさらされ朽ちていく姿は独特の美しさがある。

 現在、沖縄には鉄軌道はないが、戦前、沖縄県営鉄道が沖縄本島中南部を結んでいた。通常の軌道に比べ狭いことから、軽便鉄道と呼ばれた。1914年に開通し、沖縄戦で破壊され、その後は復興されることはなかった。戦後は鋼材不足の影響もあり、レールや車両も大半がスクラップとなったが、一部鉄道の跡を見ることができる。

 バスターミナルから東へ数百メートル離れた壷川東公園には、軽便鉄道のレールが残る。そのレールの上には、南大東島でサトウキビを運搬していた機関車が乗るが、目がいくのは2本のレールである。ほとんど手入れされていないだろう、一部は泥に埋もれ、雑草に覆われている。
posted by テツロー at 10:27| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする