2019年10月26日

戦争と平和の間

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 新天皇の「即位礼正殿の儀」に参列するため、韓国の李洛淵首相が来日した10月24日、韓国紙の日本語版で気になる記事を二つ目にした。一つは、韓国の公立高校の生徒たちが教師から反日スローガンが強要されたという内容。もう一つは、在日韓国人が訪日中の李首相に「息を殺して暮らしている」と語った記事である。

 政治家と政治家は利害が絡み、いつも仲良くとはいかないが、国民と国民は本来、政治家の対立とは関係ない。憎しみをぶつけ合っても、互いに損をするだけで何ら得はない。にもかかわらず、現在の日本と韓国はなぜ国民レベルでもいがみ合うのか。もっとも手っ取り早いストレスのはけ口になるからだろう。日々の暮らしの不満ややるせなさは、何が原因なのか正確に突き詰めることは簡単ではない。

 しかし、異国人のせいにすると何となく収まりがいい。国籍による区別は明確で分かりやすい。責任を国の外へかぶせれば、同じ国民どうしまとまりやすい。だから、世界的にも、国内経済がうまくいかないと、移民排斥へ世論が傾きがち。外に敵をつくると、国内政治家は支持率が上がり都合がいい。日本と韓国も、この「外敵セオリー」にはまりかけている。

 新天皇が10月22日、即位の礼で述べた「お言葉」で、「平和」が繰り返し使われたことがメディアで話題になった。確かに、今の日本は戦争ではないが、果たして平和なのか。どの国の国籍を持つというだけで、憎しみを抱く状況が平和なのか。こうした国と国の憎しみの制御がきかなくなった時、戦争が始まる。憎しみが蓄積されつつある現在、もう一度、平和の意味を問う必要があろう。
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2019年10月19日

沖縄が不登校率全国No.1

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 10月18日付の地元紙によれば、沖縄県内における2018年度の不登校児童・生徒の割合(1000人当たりの人数)は、小学校が10.9人、高校が29.0人と全国ワースト。高校中退率も全国平均の1.4%大きく上回る2.2%で、鹿児島県と並んで全国で最も高いという。

 これをもって沖縄の教育が特別に問題を抱えていると断言するのは早いだろう。どのくらいの子供が本当に学校を楽しいと思って通っているか。不登校にならなくても、仕方なく義務感から通っているという子供たちが相当いるはず。そもそも、何百人もの児童・生徒を同じ建物に集めて、長時間、一度に同じことを教えることに無理が出ている表れと見る方が自然だ。

 一カ所に集めて同じ規則のもと同じペースで同じ内容を教えるのは、学校側の都合。それが一番効率的で、手間がかからない。しかし、この方式はそろそろ限界にきている。子供一人ひとりが関心や能力、習熟度、他人との付き合い方が違うのだから、子供たち一人ひとりにあわせた教育に向かうべきだろう。
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2019年10月12日

孤の時代を沖縄で考える

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 沖縄のイメージといえば、「人の温かさ」がよく挙げられる。しかし、少なくとも都市部を見る限りは本土と同じように「イマドキ」の光景をよく目にする。歩きスマホは当たり前。何人か集まっていても、みな黙ってひたすらスマホをいじる。立ち飲み屋でヘッドホンをして飲む客もいる。

 先日、仕事で関係する人と2人、取引先に車で向かうことがあったが、同乗したその人は車に乗っている最中、ずっとイヤホンを耳につけていた。彼は私より一回り以上若く、こういう時代になったのかと改めて思った。私の世代からみれば、イヤホンをつけることは自分の世界にこもることを意味する。

 一方、イヤホンをする側にすれば、仕事の最中ではないのだから、車での移動時間に何をしようとこちらの勝手。むしろ、自分が聞きたい曲を相手も聞きたいとは限らないから、車内のスピーか―から直接曲を流すよりは気配りしていることになる。必要があれば話しかければよいのであって、答えることを拒んでいるわけではない。そんな論理だろう。テレビのバラエティー番組で、夫婦や友人と2人で一緒にいる時にイヤホンやヘッドホンをつけることの是非について芸能人たちが話し合っていたが、若い人は「構わない」という意見が多かった。

 イヤホンやヘッドホンはあくまでマナーの問題であり、義務や規則ではない。しかも、マナーは時代とともに変わっていく。被害者も加害者もなく、意識の問題である上、イヤホンやヘッドホンは比較的近年出てきた習慣であり、伝統的なマナーでは想定されていない。マナーは話し合って決まるというよりは場の雰囲気や社会の空気感で決まるから、私のような「拒否派」は少数になり消えていくのだろう。車に同乗する2人が、それぞれイヤホンやヘッドホンをする光景が当たり前になるのかもしれない。
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