2024年11月30日
首里城地下の司令部壕をどう見せるか
写真は、沖縄戦で日本軍が那覇市の首里城地下に建設した司令部壕の模型だ。司令部壕は5つの坑道からなり複雑に入り組んで長さは全部で1キロにも及ぶが、11月29日に沖縄戦跡としては初めて県史跡に指定された。これは日本全体で戦争に関する記憶を消し去ろうとする空気感に少しでも抗う意味があると思うが、指定だけでは効果は薄いだろう。
まず、一般の人が安全に見学できるように整備が必要だが、戦後長く放置されていたため崩壊が進んでいるようだ。戦跡の価値が長期にわたって認められなかった証しともいえよう。また、整備されれば首里城に多く観光客が訪れるだけに関心を集めるだろうが、ただ見学するだけでは広大な地下壕が何を意味するか理解されにくい。
沖縄戦で日本軍が地下に籠ることによって、打ち負かすことはできないにしても米軍を沖縄に長くとどめ本土決戦準備の時間稼ぎを狙える。司令部壕はこの「沖縄捨て石」作戦の象徴ともいえる。古都・首里の地下に築くことによって琉球王国時代の貴重な文化財が失われ、軍の秘密を守るためとスパイの疑いで民間人惨殺も目撃されている。こうした事実の解説をする展示やガイドの育成も課題だろう。ちなみに首里城地下に司令部が建設された意義や影響は保坂廣志氏の『首里城と沖縄戦』が詳しく説明している。
2024年11月23日
鉄軌道のない沖縄で思うこと
沖縄は戦後、完全に車社会が続くにもかかわらず、那覇と名護を結ぶ鉄軌道計画がいまだに検討されている。すでに那覇市内にはモノレールが走るにもかかわらず、これとは別に次世代型路面電車を導入する計画が昨年発表されている。費用対効果という面では鉄道は必ずしも優位とは言えないはず。交通渋滞の緩和や社会的な弱者の移動手段確保などの理由は挙げられるだろうが、鉄道にこだわる人が少なくないのはその魔力的な魅力ではないか。熱狂的な鉄道マニアを引き合いに出さずとも、男性ならば子供の頃、鉄道模型に憧れた人は結構いるはずだ。
千葉県の銚子電鉄に乗る機会があった。切符は機械ではなく若い車掌が車内で販売する。新しい乗客が乗るたびに駆け寄って販売するから、いつも忙しく車内を行き来する。会社が意図か分からないが、何事にも機械やネットを通した売買が全盛の時代、対面の直接販売は珍しくほっとした気分にさせる。
車内は混雑というほどではないが、二両編成の席は大方埋まっていた。定期券を車掌に見せる小学生もいたが、観光客らしき人々が目立つ。途中の風景は緑のトンネルなど変化に富み、ゆっくり走っているせいか全長6.4キロという鉄道の短さは感じなかった。もっとも、メディアでは「ぬれ煎餅」の販売など涙ぐましいほどの経営努力が伝えられているように、収入の8割は鉄道以外の副業が占めるそうだ。
各家庭に自家用車が行き渡っている上、人口減少社会が進む日本において地方鉄道はなかなか厳しい。なんとしても鉄道を存続させたい。そういう思いがなければ経営は難しいのだろう。那覇市のようにこれから建設するとなると、あらゆる面でコストの上昇は予想され一段と困難の度合いは高いに違いない。