2018年07月07日

オウム世代の高学歴が抱える弱さ

年末の南千住 012.jpg

 昨日、7月6日は、地下鉄サリン事件などを引き起こしたオウム真理教の元幹部7人に死刑が執行され、テレビ各局が大々的に報道した。その中で繰り返し発せられた言葉が、「なぜ高学歴の人たちがオウム真理教のような宗教にのめり込み犯罪に手を染めたのか」だった。

刑が執行された元幹部らと同じ世代である筆者からすれば、オウム真理教にのめりこんだ心境は想像できなくもない。自分で人生の目標や価値を決めて、それに向かって進んでいくことが難しかったのかもしれない。それに比べれば、高学歴を獲得するための受験勉強は簡単である。何をどうすればよいか明らか。努力の成果はテストの点数としてはっきり表れる。

 しかし、高学歴を手にした後、一般社会に船出しようとすれば、受験勉強のようにはいかない。自分で目標をたて努力の仕方も自分で決めなければならない。受験勉強に追われてきただけに、どう考えればよいか分からない。しかも、日本は高度経済成長期を終え、「末は博士か大臣か」や、大企業における昇進など、社会的に高い地位を目指してがむしゃらに突っ走るという生き方も輝きを失っていた。もっと精神的に満たされる生き方がないか思い悩むうちに、自分の進むべき道を宗教が照らすように感じたとしても不思議はないだろう。
posted by テツロー at 12:31| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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