2018年09月08日

駐留米軍の脅威が台風だった時代

本日台風接近 004.jpg

 9月4日に関西地方で猛威を振るった台風21号の記憶がまだ生々しいうちに、7日に北海道で最大震度7を記録し道内全域が停電するなど災害続きの日本列島。ここ数年、台風の進路が変わっているのか、沖縄本島への接近が減っているようにみえるが、かつては旧日本軍に対して圧倒的な戦力を誇り沖縄占領を始めた米軍に、大きな衝撃を与えた時代もあった。弊社発行の『いかに「基地の島」はつくられたか』に次のような記述がある。

 「沖縄駐留のアメリカ軍にとって脅威となったのは台風だった。駐留最初の年である1945(昭和20)年の10月9日、大型台風が沖縄本島を襲った。
「道路はすっかり洗い流され、船や浮桟橋はいたるところで陸上や砂浜に打ちあげられ、あるいは船と船とが衝突したり、岩に突きあたって大破したり、座礁したり、倉庫も兵舎もめちゃめちゃにたたきつけられ、飛行場や飛行機も多大の損害を被った」(仲宗根源和著『琉球から沖縄へ』P135)。海軍では死者27人、負傷者200人余り、陸軍でも100人余りの負傷者を出した。アメリカ軍に与えた衝撃は大きく、当時の沖縄基地司令官は「決定した南西諸島将兵の駐屯軍3万3000人を残して全軍引き揚げる」と発表した(★1)。

 さらに、1948(昭和23)年から1949(昭和24)年にかけても強力な台風の直撃を受けた。特に1949(昭和24)年7月に襲来した台風「グロリア」によって、陸軍はコンセット(かまぼこ)型兵舎の25%と住居の50%を失い、空軍は嘉手納基地にある保管庫数個とコントロールタワーを破壊された。50人近い軍人と住民が命を失い、200人が重傷を負った。約200万ドルの輸入食料が、1948(昭和23)年から1949(昭和24)年にかけて3度の台風襲来によって無に帰した(★2)。

★1:沖縄タイムス社『沖縄年鑑 1959年』P206
★2:『沖縄県史 資料編14 琉球列島の軍政1945−1950 現代2(和訳編)』P75」

本書の詳細は(http://www.okinawatanken.ecnet.jp/)へ
posted by テツロー at 16:39| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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