2018年11月18日

沖縄戦後史が語るもの

沖縄市ゲート通り周辺 010.jpg

「強固な日米同盟」。安倍首相がことあるごとに繰り返す。メディアも特に論評を加えずに伝え、国民の間にも一応納得するような空気が流れる。しかし、沖縄から見れば、大いなる疑問が浮かぶ。それはイデオロギーや専門的な理論から導き出されたものではない。27年間の直接統治を含め、戦後米軍と間近に向き合ってきた歴史が物語るのである。米軍はあくまでも組織の論理と国益に基づき動くのであって、駐留する住民を守るためではない。場合によっては住民に銃剣を向けることさえ厭わない。

 こうした軍をめぐる歴史は、太平洋戦争中の旧日本軍を含め、たびたび沖縄から発信されてきた。にもかかわらず、というか、むしろ本土における反応が薄くなっている。一番の典型は沖縄県知事選だろう。ここ2回続けて、辺野古新基地に反対する候補が、政府自民党が推す候補を大差で破っているにもかかわらず、本土側の具体的な行動につながらない。辺野古新基地への反対も、米軍施設への拒否反応、つまり沖縄の「わがまま」に矮小化されがちである。

 沖縄の「わがまま」論が繰り広げられる時は、たいてい沖縄の歴史に関する議論がすっぽり抜け落ちている。もともと知らないのか、知っていてあえて無視するのか分からないが、沖縄の歴史に触れることはほとんどない。米国で広がりつつあるトランプ流の思考方式が日本でも根を張りつつあるという気もする。自分にとって関心のない意見や心地よくない指摘は、どれだけ事実を並べても無視するか、「嘘の情報だ」と切って捨ててしまう。互いに溝が深まるだけで、接点を見つけることが難しくなるばかりである。

 写真は今年8月、沖縄市で移転新装オープンした沖縄戦後文化資料展示館ヒストリート。戦後史の中で米軍に比重が大きい沖縄ならではの施設だろう。

posted by テツロー at 14:51| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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