2018年12月03日

米軍基地と沖縄移民

移住当初の民家.jpg

 「人手不足が喫緊の課題。一日も早く改正案を成立させる必要がある」。外国人労働者の受け入れを拡大する入管難民法の改正案を、「生煮え」「中身がない」などと批判を浴びながらも、政府与党が改正案の成立・施行に向けて突き進む光景を見ていると、30年前のバブル期を思い出した。
あの頃も、声高に人手不足が叫ばれていて、南米などから日系人を労働者として取り込む動きが日本各地で起きた。新聞社で働いていた当時は、日系人労働者の問題を取材していたが、日系人側からよく聞かれた声は、「自分たちはモノ扱いされている」だった。実際、景気が悪くなると、クビになり帰国迫られたという話も聞いた。

 さらに30年から40年、戦後日本を遡ると、逆に移民を送り出していた歴史に突き当たる。特に沖縄では、戦争による壊滅的な打撃に加え、もともと狭い島の平野部に巨大な米軍基地が建設されたおかげで、土地を奪われた住民は海外移住にしか希望を見いだせなかった時期もあった。しかも、これは沖縄移民にかぎらず日本移民全体的にいえるが、行政が移住先についてろくに調べないまま送り出し、その後も十分な支援をしなかった(写真は、ボリビアに入植した当時につくられた沖縄移民の家。1994年、入植40周年の記念式典のとき、再現された)。

 外国人労働者の受け入れ拡大をめぐる現在の議論は、こうした戦後60年から70年におよぶ歴史を踏まえているようには思えない。国の産業政策や景気対策からみて、労働者を必要なら国外に送り出し、必要なら外国から受け入れる。生身の人間が、言語や生活習慣が異なる見知らぬ土地で暮らすための配慮や思いやりは見当たらない。これは外国人労働者に限らず、行政が根本原因の「少子高齢化」を語るとき、日本で働く労働者たちがどうすれば幸せになれるか、の視点は感じられない。
 

posted by テツロー at 12:37| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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