2018年12月25日

日系新聞の廃刊と歴史を消す国

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 12月22日付でブラジルの日系新聞「サンパウロ新聞」が72年の歴史に幕を下ろした。今から20年ほど前に、サンパウロ新聞社に3年間勤めたことがあり、寂しさを感じずにはいられない。

 あの3年間は自分の人生の中でも特に思い出深い。人間が濃厚であり輪郭が非常にはっきりしている。喜ぶにせよ、悲しむにせよ、ストレートに表し、むき出しの欲望があたりに飛び交う。真意をいくつものオブラートに包み込み、礼儀としきたりと無表情で身を守ろうとする日本とは対極にある。

 そんなブラジル社会へ、戦前から戦後しばらくの時期まで25万人の日本人が移住し生活の礎を築こうともがき、日系社会を形づくってきた。さまざまな事情を抱え、その後もブラジルに留まった日本人移民だが、はるか遠い故郷・日本に溢れ出る思いを抑えきれず熱い視線を送り続けた。田中角栄首相や小泉純一郎首相ら冷酷な権力闘争を潜り抜けきたはずの政界の猛者ですら、ブラジルを訪問した際、日系人の熱い歓迎ぶりに思わず涙した。サンパウロ新聞などは、その日系社会の思いを映し出してきたメディアだった。

 一方、日本は経済大国と呼ばれるにつれて、大量の移民を送り出した事実を忘れ去っていった。国内に仕事がなく余剰人口を国外に押し出すという貧しい時代の記憶であり、しかも事前のまともな調査はせず十分な知識を与えないまま海外に送り出す「棄民」がたびたび見られ、日本人としては誇りに思えない歴史だった。さらに、バブル経済崩壊後は、中国や韓国をはじめアジア諸国の経済的な成長により、日本は経済大国の地位が崩れ自信を失う中、日本人の「誇り」を取り戻そうと否定的な歴史を消そうとするムードも強まっている。こうした今、サンパウロ新聞が廃刊の日を迎えたことは時代を象徴するような気がしてならない。
posted by テツロー at 11:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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