2019年10月12日

孤の時代を沖縄で考える

国際通り裏道 012.jpg


 沖縄のイメージといえば、「人の温かさ」がよく挙げられる。しかし、少なくとも都市部を見る限りは本土と同じように「イマドキ」の光景をよく目にする。歩きスマホは当たり前。何人か集まっていても、みな黙ってひたすらスマホをいじる。立ち飲み屋でヘッドホンをして飲む客もいる。

 先日、仕事で関係する人と2人、取引先に車で向かうことがあったが、同乗したその人は車に乗っている最中、ずっとイヤホンを耳につけていた。彼は私より一回り以上若く、こういう時代になったのかと改めて思った。私の世代からみれば、イヤホンをつけることは自分の世界にこもることを意味する。

 一方、イヤホンをする側にすれば、仕事の最中ではないのだから、車での移動時間に何をしようとこちらの勝手。むしろ、自分が聞きたい曲を相手も聞きたいとは限らないから、車内のスピーか―から直接曲を流すよりは気配りしていることになる。必要があれば話しかければよいのであって、答えることを拒んでいるわけではない。そんな論理だろう。テレビのバラエティー番組で、夫婦や友人と2人で一緒にいる時にイヤホンやヘッドホンをつけることの是非について芸能人たちが話し合っていたが、若い人は「構わない」という意見が多かった。

 イヤホンやヘッドホンはあくまでマナーの問題であり、義務や規則ではない。しかも、マナーは時代とともに変わっていく。被害者も加害者もなく、意識の問題である上、イヤホンやヘッドホンは比較的近年出てきた習慣であり、伝統的なマナーでは想定されていない。マナーは話し合って決まるというよりは場の雰囲気や社会の空気感で決まるから、私のような「拒否派」は少数になり消えていくのだろう。車に同乗する2人が、それぞれイヤホンやヘッドホンをする光景が当たり前になるのかもしれない。
posted by テツロー at 12:50| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: