2018年09月16日

普天間の移転先選びは沖縄の責任か

普天間基地 021.jpg

新聞からテレビまで沖縄は「安室奈美恵の引退」一色である。9月30日投開票予定の県知事選挙はまったく埋もれてしまった感がある。ただ、「引退」が重ならなくても、県知事選挙に対する関心は4年前に比べると、かなり低いことは明らかだ。

 4年前はまだ本格的な工事が始まる前であり、何よりも、沖縄の保守本流だった翁長雄志氏が辺野古新基地反対に回ったことにより、現状を変えられるという高揚感があった。しかし、安倍政権側は1枚も2枚も上手だったと言っていいだろう。

 工事や調整を長期化させながら着実に前に進める手法である。県民の間に広まった高揚感も、長引けばやがて冷え込み、諦めに変わると読んだのだろう。辺野古新基地をめぐる司法判断も、政権の意向を「忖度」したとのではないかという内容であり、県内だけでなく国内の空気感を変える手助けとなったようだ。

 辺野古新基地・反対運動に対する批判も、一つひとつは決定的ではないにしろ着実に影響を与えてきただろう。中でも強い違和感を覚えたのは、「辺野古に代わる普天間基地の移設先案を出せ」と反対派に求める声である。反対するなら代案を出せという論理は一見、もっとものように聞こえる。

 しかし、基地のように、受け入れ側の反発が避けられない「迷惑施設」について、「我々はいやだけど、あそこに持っていって」と別の場所に押し付けるようなことができるだろうか。実際、「迷惑施設」の受け入れ側が、代案としてほかの場所を提案することはもちろん、「代案がない」と受け入れ反対派が批判されることも聞いたことがない。日本の安全保障上、米軍基地は必要だけど、沖縄県内にとどめておきたいという、本土の暗黙の合意が働いたと言わざるを得ない。

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2018年09月08日

駐留米軍の脅威が台風だった時代

本日台風接近 004.jpg

 9月4日に関西地方で猛威を振るった台風21号の記憶がまだ生々しいうちに、7日に北海道で最大震度7を記録し道内全域が停電するなど災害続きの日本列島。ここ数年、台風の進路が変わっているのか、沖縄本島への接近が減っているようにみえるが、かつては旧日本軍に対して圧倒的な戦力を誇り沖縄占領を始めた米軍に、大きな衝撃を与えた時代もあった。弊社発行の『いかに「基地の島」はつくられたか』に次のような記述がある。

 「沖縄駐留のアメリカ軍にとって脅威となったのは台風だった。駐留最初の年である1945(昭和20)年の10月9日、大型台風が沖縄本島を襲った。
「道路はすっかり洗い流され、船や浮桟橋はいたるところで陸上や砂浜に打ちあげられ、あるいは船と船とが衝突したり、岩に突きあたって大破したり、座礁したり、倉庫も兵舎もめちゃめちゃにたたきつけられ、飛行場や飛行機も多大の損害を被った」(仲宗根源和著『琉球から沖縄へ』P135)。海軍では死者27人、負傷者200人余り、陸軍でも100人余りの負傷者を出した。アメリカ軍に与えた衝撃は大きく、当時の沖縄基地司令官は「決定した南西諸島将兵の駐屯軍3万3000人を残して全軍引き揚げる」と発表した(★1)。

 さらに、1948(昭和23)年から1949(昭和24)年にかけても強力な台風の直撃を受けた。特に1949(昭和24)年7月に襲来した台風「グロリア」によって、陸軍はコンセット(かまぼこ)型兵舎の25%と住居の50%を失い、空軍は嘉手納基地にある保管庫数個とコントロールタワーを破壊された。50人近い軍人と住民が命を失い、200人が重傷を負った。約200万ドルの輸入食料が、1948(昭和23)年から1949(昭和24)年にかけて3度の台風襲来によって無に帰した(★2)。

★1:沖縄タイムス社『沖縄年鑑 1959年』P206
★2:『沖縄県史 資料編14 琉球列島の軍政1945−1950 現代2(和訳編)』P75」

本書の詳細は(http://www.okinawatanken.ecnet.jp/)へ
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2018年09月01日

スコール化する沖縄の雨と「日本万歳」番組

突然降り出した那覇の雨 010.jpg

 今日から9月に入ったが、沖縄の暑さは変わりないようだ。気になるのが最近の雨の降り方。前日の天気予報では、雨マークがなかったにもかかわらず、当日になると、強い雨に突然襲われる。ほぼ連日である。

 今日(9月1日)も、前日の天気予報に雨はなかったが、午前中から強い雨と何度も遭遇。短時間で晴れ間も見えるから熱帯のスコールのようだ。午後5時前から降り出した雨は、写真のようにかなり激しかった。降る場所もかなり局所的かもしれない。午前中に首里金城町を歩いてかなり降られたが、昼前に那覇中心街に戻ると、雨が降った形跡がまったくない。今の時期、沖縄に来られる方は、雨の天気予報がなくても、朝晴れていても傘を用意しておいた方が安心だろう。

 それと、最近やはり気になるのがテレビにおける「日本万歳」番組の多さだ。一部政治家が「愛国教育」を声高に叫ぶのと同じ動きに思えてならない。確かに、日本文化のよいところや、日本人が過去に残した偉業を伝えること自体、悪くはないが、日本文化の悪い点や過去の歴史の過ちから目を背けていれば、「愛国心」の暴走を招きかねず心配である。己の欠点や歴史の失敗に目を向けなくなったとき、傲慢さがどんどん増幅していき、他国との軋轢を力と勇ましさで解決しようとしかねない。

posted by テツロー at 18:12| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする