2018年08月25日

薄れゆくお盆の感触

ウークイの公設市場周辺 005.jpg

 今日8月25日はお盆の最終日、ウークイ。台湾付近にある熱帯低気圧の影響だろうか、サッーと雨が降ったかと思えば、雲が割れて青空と太陽が顔を出し、しばらくすると、雲が空を覆いサッーと降り出す。熱帯のスコールのような天気を繰り返している。沖縄の天気も熱帯化しているのだろうか。

 沖縄も那覇の中心街だけを見ると、ふだんとほとんど変わらない。明るくディスプレイされた土産物店や飲食店はいつもどおりに開店し、観光客が途切れることなく行き交う。昔ながらの店の中には、旧盆ゆえに店を閉めることを告げる張り紙がぽつりぽつりとあるが、独特の空気感はない。

 子供のころ、お盆が近づくにつれて独特の空気が漂い次第に濃くなるのを感じた。霊魂のようなものが集まってきているという感覚だったと思う。しかし、近年はそうした空気を感じることはほとんどない。1年をのっぺり真っ平らにして、途切れることなく同じサービスを提供し続けるという方向に社会が動いている。効率と便利さを求めれば、仕方ないのかもしれない。

 このまま日本はどこへ向かっていくのだろうか。新しい年中行事や祭りをつくり出す動きもある。その典型がハロウィーンだろう。普段とは違う自分に変身し日常を引っくり返す。地域共同体や宗教的意味合い、歴史の積み重ねは求めず、同じ感覚や趣味を持つグループが集まり、それぞれの年中行事や祭りを築くしかないのだろうか。
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2018年08月18日

旧盆を迎える沖縄

粟国島の風景 068.jpg

 テレビのコマーシャルは「旧盆セール」を謳い、スーパーに行くと旧盆用品を並べたコーナーが目につく。8月23日はご先祖様を迎えるウンケー、25日はご先祖様を送り出すウークイと、まもなく旧盆である。

 少なくとも普段の那覇を見渡す限りは、本土との違いはあまり感じないが、旧盆前後は別である。今でもお盆は旧暦に従って、学校や職場が休みになり関連行事が催される。地方の集落に行けば、どこか懐かしい光景に出合える。ほとんどの家で戸や窓が開け放たれ、道路からも丸見えの室内の一角には明かりがともる仏壇がどっしりと構える。かつては自分の田舎でもよく目にした光景だが、沖縄県外では珍しくなった。地域の共同体意識が薄れ、周囲の人々から自分の暮らしを隠すようになったからだろう。
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2018年08月11日

翁長知事の亡き後の沖縄

新基地断念県民大会 011.jpg

 反対勢力はじわじわと確実に押し潰す。辺野古における新基地の建設をめぐり政府の対応を見ていると、そう言い表す以外ないと思う。安倍首相は着実にやり遂げる決意であり、政府や国会はもちろん、世論も「辺野古やむなし」に傾いている。「寄らば大樹の陰」「長いものにまかれろ」という日本人気質もあろうが、安全保障について日本人の多くが思考停止に陥っている。

 中国や北朝鮮の脅威にパニックになり、アメリカと同盟関係を強化する以外の方向性を考えられない。誰がどういった形で安全保障を負担することが最適か、まともな議論が交わされない。6月8日に亡くなった翁長知事が本土に向かって問うてきたのは、この点である。結局のところ、外国からの脅威に備えることは必要だが、自分の近所に基地や施設がくるのも、経済的な負担が多くなるのも困る。これまで沖縄が担ってきたから、これからもそのままにしようという、本土における政治と市民に横たわってきた暗黙の了解が続く。翁長知事の「辺野古に基地はつくらせない」発言も、迷惑施設に対する反対運動の一つに矮小化されている。

 いずれにせよ、翁長知事の死去によって、新たな基地を拒む沖縄は大きな転換点を迎えている。8月11日、那覇市の奥武山陸上競技場で開かれた、新基地建設断念を求める県民大会で、登壇した講演者の口からは一様に危機感が漂っていた。8月にも、防衛局は基地建設に向けて埋め立て土砂の投入を始める見通しに対して、翁長知事は「埋め立て承認の撤回」という残り少ない切り札を出して対抗しようとしたが、承認を撤回する前に他界。たとえ撤回が実現したとしても政府は法的な対抗措置を訴えるとみられる上、9月に予想される県知事選で自民党政府が推す候補が当選すれば、新基地反対をめぐる県政の状況も大きく変わりかねない(写真は県民大会で演説する翁長知事の次男、雄治氏)。
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