2018年04月28日

どこへ行った「主権回復の日」?

主権の日抗議集会 005.jpg

4月28日は、連合国の占領を終了させ日本の独立を認めたサンフランシスコ講和条約が発効した日だ。66年前のことである。5年前、安倍政権のもと、「主権回復の日」として祝ったが、これ1回かぎりで、その後はまったく「主権回復の日」は聞かれない。おそらく、沖縄で反発が起きたことで取り止めたのだろう。4月28日は、沖縄だけが切り離され、米軍占領が続くことが決まった日であり、沖縄では「屈辱の日」だった。

「主権回復の日」という位置付けはともかくとして、4月28日は日本の戦後史で大きな節目になったことは確かである。東西冷戦のもと、米国と結びつきを最重要視し中国やソ連と対決姿勢をとる路線が敷かれた。しかも、安倍政権はやたらと米国との結びつきを強調し、サンフランシスコ講和条約発効の時代への回帰を深めている。しかし、前日の4月27日に朝鮮半島の南北首脳が会談したように、米国に頼っているだけでは、安全保障や拉致問題など日本の重要課題は解決しないことは明らかである。

すでに冷戦は終わり、米国一強の時代は遠い「思い出の日々」となっている。いずれにせよ、4月28日は神話に基づいて定められた「建国記念の日」などより、戦後日本を考える上では意義深いことには違いない。
(写真は2013年4月28日、政府主催の「主権回復の日」への抗議集会)
posted by テツロー at 12:35| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月01日

那覇市上空を闊歩する早期警戒管制機

那覇市上空のの早期警戒管制機 009.jpg

 前週も相変わらず、戦闘機の爆音が頻繁に那覇市上空に響き渡ったが、3月26日には比較的「大物」の姿も見られた。機体の上に円盤型のレーダーを載せていることから、早期警戒管制機のE-3セントリーだろうか。北朝鮮の平和攻勢で融和ムードが流れる一方、トランプ政権内では強硬派が一段と勢いを増しているともいわれ、4月1日からは米韓合同軍演習が始まった。緊張感の漂う沖縄の空はまだ変わる気配はない。
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2018年03月24日

日常化する軍用機騒音

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報道によれば、嘉手納町では2017年度の騒音などに関する苦情が1000件を超え、前年度の4倍に達しているという。米軍嘉手納基地では、もともと駐留する軍用機に加え、外来機が増えていることが原因とみられる。
 確かに、那覇でも戦闘機と思われる航空機の騒音が増加していることを感じる。上空の飛行が頻繁になっただけでなく、一度に編隊を組む戦闘機の数も増えた気がする。以前は飛ばなかった区域を飛行し低空飛行が多くなっているという指摘がある。沖縄市や嘉手納町など地元自治体は米軍や防衛局に抗議しているが、「訓練は必要」の一点張りで住民に配慮する気配はない。
 大音量にさらされる住民は馴れることはできないが、マスコミや本土に住む人々は地元に米軍機が来ないかぎり、騒音について取り上げることはなっている。かつては騒音問題に大手メディアが焦点を当てることもあったが、今は特段珍しいニュースではなく、完全に「日常化」している。普天間基地の辺野古移設についても同じことがいえるだろう。
数年前までは反対運動を盛んに記事やニュースにしたが、最近はほとんどメディアの話題にならない。これは、辺野古移設を進める行政側の狙いどおりだろう。長期化することによって、反対運動が「日常化」し、本土の関心が薄れる。おまけに、行政側は給料をもらいながら進められ交代要員もいるが、反対運動は自腹であり、長期化するほど経済的にも体力的にも疲弊せざるを得ない。
posted by テツロー at 22:07| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする