2019年04月27日

沖縄が迎える改元とゴールデンウィーク

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 本日4月27日からゴールデンウィーク10連休である。こんな長い期間、国民が一斉に休みになることをどれほどの人が望んでいるのだろうか。自営業やアルバイトは無収入になる。有給のサラリーマンが出かけるにしても、同じ時期の休みだから主要道路は渋滞し、観光地も混雑。宿泊施設の料金は高騰するなど、何もよいことはない。受け入れる側の観光地や宿泊施設にとっても、お客が一時期に集中するより分散した方、コストの面でも売り上げの面でも望ましいだろう。

 みんなが休まないと自分は休めない。横並び意識が強い日本人の伝統があるのは確かだろう。おまけに今年は、権力者たちの思惑や周辺部の「忖度」を感じずにはいらない。今年のゴールデンウィークに「特別感」を出そうとする思惑である。

 平成から令和に元号が改まり、新たな時代がやってきたというムードを盛り上げたい。現在の安倍政権が長く続いているため、どこか淀んだ、倦怠感のような空気が漂ってきたが、改元を機に、そうした空気を一掃したい。そんな意図を感じずにはいられない。

 沖縄の街中を歩いても、どこにも平成の終わりや令和の始まりは感じられない。テレビだけが連呼している。テレビが重要な一翼を担う報道の使命は、世論が一方向に過熱するのを防ぐことが役割なのに、「平成の終わり」「令和の始まり」を煽っているようにしか見えない。


posted by テツロー at 20:09| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月20日

沖縄のコウモリ

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 家の前の電線に2匹のコウモリがぶらさがっていた。コウモリはしょっちゅうではないが、そう珍しくないという頻度で那覇の市街地でみかける。コウモリといえば、1匹1匹は小さく集団でせわしなく飛び回るというイメージを持っていたが、市内で見かけるコウモリは頭と胴体をあわせると20センチほどの大きさがあり、ゆったりと飛び1匹か2匹で行動する。フルーツを餌にするオリイオオコウモリという種類らしい。

 暗くなってから見かける動物なので、なかなか写真に納めにくいが、この日は明るく丸い月が空に浮かんでいたので、これをバックにすればコウモリの姿を撮れる。しかも、2匹がぴったりとくっついて並べば見栄えもいいと考えた。ところが、2匹は熟年夫婦のように離れたまま。一方は羽をのばしたりして体を動かすが、もう一方はじっとぶら下がるのみである。コウモリの体はもともと暗い色のせいもあり、2匹同時にくっきりと写真に浮かび上らせることは難しかった。
posted by テツロー at 14:42| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月14日

忖度ジャパンを超える沖縄を

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 日本は全国的にはサクラ・フィーバーに沸いているが、沖縄ではとうにサクラは終わり、ぼちぼち月桃が花をつける季節。ちいさなピンク色の花だが、きりりと締まり凛とした姿は沖縄らしい。

 最近、取材で就活学生や若手社会人の声を聞く機会があったが、気になったのが、「なりたい自分」として「思いやりがある」「他人に寄り添える」をあげる人が多かったことだ。自分は何をしたいのか、何を目指すのか、全面に出さないのだろうかと思った。
短い時間でその人の考えがどう成り立っているのか言い切ることはできないが、1つの懸念がじわじわと頭の中に広がる。何が正しく、自分は何をするべきかという信念がないまま、他人への思いやりを深めれば、権力者や強者へのおもねりに陥りかねない。権力者や強者に従うことが、とりあえず身の安全や生活の安定につながるからだ。

 最近、官僚や政治家の「忖度(そんたく)」が話題になっているが、これこそは悪しき思いやりの典型例だろう。日本社会では「空気を読む」や「おもてなし」が重要視されるが、社会正義や公正の視点がなければ、権力者への忖度であり自己保身にしかみえない。忖度する本人からすれば、素直な「思いやりの気持ち」。社会正義や公正の意識が薄れているのかもしれない。そんなものが何の得になるのか、カネになるのか、という声が聞こえてきそうだ。

 辺野古の新基地建設をめぐっては、日本全体から沖縄に対して「忖度しろ」という無言の圧力がかかっているような気がしてならない。北朝鮮、中国、ロシアなど軍事的な脅威が高まる中、日本は米国との同盟関係を深めるしかない。政府は「辺野古が唯一の解決策」と断言するのに、なぜ沖縄は拒みつづけるのか。

 沖縄からは「そんなに日米同盟が大切ならば、なぜ基地を本土で引き受けないのか」と叫んでもほとんど届かない。沖縄戦や米軍基地の歴史を深く掘り下げれば、新基地は沖縄で引き受けろという声は出ないはずだが、改元フィーバーにわく本土では、昭和をひきずる沖縄の歴史に関心を持つ人はごくわずか。しかし、小さな声ながら繰り返し訴え続けるしかないのだろう。
posted by テツロー at 11:30| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする